2015年11月21日

お見送り

先日も30代の独身の方のお見送りをさせて頂きました。
若き方をお送りする際にはいつものことですが、今回もまた
ご本人の無念さにも増して、先に送る親御さんのご心中、
察するに余りある悲痛なるものを感じざるを得ませんでした。

しかし、お通夜・告別式における喪主挨拶では、臨席の方々への
ご挨拶もさることながら、涙を堪えつつではあるものの、新しい
世界での幸あれかしと切々と祈るがごとき心情を披歴される
お姿には、同じ子を持つ一人の親としても心から敬服せざるを
得ませんでした、

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私淑する牧師の方が常々「お見送りする際には、悲しみや未練を
引きずるのではなく、時空を超えた次なる世界での縦横の活躍を
こそ何よりも願ってあげるべし」と言っておられたことを、何か
実感を持って思い起こされた次第でした。

そして、改めて送る側の責任のようなものを身をもって教えて
頂いたように感じられた実に尊いお見送りとなりました。
合掌。




posted by GMM at 18:36| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

江田島 紀行

カーフェリーに揺られて広島は江田島を初めて訪れた。
規則正しい掃き目の模様を白砂に刻んだ庭の中に、旧海軍兵学校は
明治の重厚なレンガ、大理石造りの建物群として佇んでいた。

英国ダ−トマス、米国アナポリスと共に世界三大兵学校と称され
「兵学校に落ちたらどうしよう」と問う息子に「滑り止めに東大か
京大でも受けておけ」との逸話まであったと言われる。
当時世界最高の教育機関として、まさに青年の憧れの的だったところ。


PA282041.JPG


年配の自衛隊OBが、慣れた丁寧な解説を加えながら案内して下さった。
最後の教育参考館には1万6000点の中からの交替展示品が1000点。
中でも16歳の特攻隊員N氏の遺書は、純粋な熱い憂国の情と家族への
深い謝意を真心を込めて父母宛に書かれたものだが、情の薄い
この木石でさえやはり人並みに心を打たれ、涙を禁じ得なかった。
わずか70年余り前の日常かと思うとなおさら・・・

命懸けで国の護りに殉じた若き魂 ・・・御霊  英霊。
その犠牲の上に立たせて頂いている当今の我等は、果たして
「一体何に命を懸け、何に殉ずるべきや」。それを今一度
一層熟考すべきではと、改めて己が襟を正された江田島。  
やはり尊いこの国の宝、いや恐らく世界の宝物の一つではと
そんな風にさえ感じさせられる聖地そのものだった。
叔父69期生の卒業記念写真の送付をお願いして帰船した次第である。
posted by GMM at 01:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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