2015年11月07日

江田島 紀行

カーフェリーに揺られて広島は江田島を初めて訪れた。
規則正しい掃き目の模様を白砂に刻んだ庭の中に、旧海軍兵学校は
明治の重厚なレンガ、大理石造りの建物群として佇んでいた。

英国ダ−トマス、米国アナポリスと共に世界三大兵学校と称され
「兵学校に落ちたらどうしよう」と問う息子に「滑り止めに東大か
京大でも受けておけ」との逸話まであったと言われる。
当時世界最高の教育機関として、まさに青年の憧れの的だったところ。


PA282041.JPG


年配の自衛隊OBが、慣れた丁寧な解説を加えながら案内して下さった。
最後の教育参考館には1万6000点の中からの交替展示品が1000点。
中でも16歳の特攻隊員N氏の遺書は、純粋な熱い憂国の情と家族への
深い謝意を真心を込めて父母宛に書かれたものだが、情の薄い
この木石でさえやはり人並みに心を打たれ、涙を禁じ得なかった。
わずか70年余り前の日常かと思うとなおさら・・・

命懸けで国の護りに殉じた若き魂 ・・・御霊  英霊。
その犠牲の上に立たせて頂いている当今の我等は、果たして
「一体何に命を懸け、何に殉ずるべきや」。それを今一度
一層熟考すべきではと、改めて己が襟を正された江田島。  
やはり尊いこの国の宝、いや恐らく世界の宝物の一つではと
そんな風にさえ感じさせられる聖地そのものだった。
叔父69期生の卒業記念写真の送付をお願いして帰船した次第である。
posted by GMM at 01:15| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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